ハノイの砂

ハノイは、中国語の「河内」に由来する。紅河の運んだ砂が、洲となり、平地となった。「河内」から、古代大阪の河内湾を連想する。

また、川が運んだ砂から、『古事記』冒頭のウヒヂコ(初泥子)、イモスヒヂコ(妹洲泥子)の二神を思い出す。

古代中国が呼ぶところの倭人とは、矮人で、背の低い人々を指す。ハノイの人々も背が低く、かつて男はふんどし。海辺、水辺の民。ハノイ中心部ホアンキエム湖べりで演じられる水上人形劇がそれをよく示す。

倭人の特徴の刺青は、現在でもハノイの男たちはしていて、決してヤクザのしるしではない。

倭人は、ベトナム、中国、韓国、西日本に、舟で移動していた民ではないだろうか? 温厚な人たちだったろう。

ところで、「河内」であるハノイの町中の街路樹の根元に、噴出した砂を発見した。

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こういう砂がハノイの地下には大量に存在するのだろう。

  砂が出ているバイクのヤマタノオロチの足元  夏石番矢

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ベトナムの新聞「文芸」2014年9月20日付けに記事
Excerpt: ベトナムの新聞「Văn nghệ」(文芸)2014年9月20日付け(通巻2848号)に夏石番矢講演原稿のベトナム語版「ハノイと世界俳句」。
Weblog: Ban'ya
Tracked: 2014-10-25 19:17