研究室で5時間 採点と考察

1月25日(金)、午後から5時間、明大和泉キャンパスの自分の研究室に詰める。暖房を入れても、足元が寒い。足湯などもできない。

学生のレポートを読み、後期授業の採点。時間が余ったので、伊藤清司『日本神話と中国神話』(学生社、1979年)を読む。中国には古代神話をまとめた文献がないとの指摘に驚く。

また、古事記のゼミでもすでに言及したが、記紀神話に人間の起源が欠落していることを再認識。

イザナキ・イザナミが、蛭子や淡島を生んでから、国生みではなくて、まともな人間を生むのが、本来であったと、類似の中国南西部の神話から推測できる。

記紀神話には、人間の起源が明示されず、神々の誕生を列挙し、いきなり黄泉のくだりで、人間は「人草」として登場。この特異性が、日本社会と日本人に根強く古代性を残す原因の一つか?

人は、たとえ誕生日を後天的に知っていても、個人としての自分の始まりを意識できないのだから、この記紀神話の特異性は、かえって実存的?

  出発点なき人々と寒い電車で帰る  夏石番矢

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