夏石番矢自選50句
初期句集『うなる川』(『夏石番矢全句集 越境紀行』所収、平成一三年=二〇〇一年、沖積舎)
冬の朝階段の音にもうひとりの我
緑蔭に男は優しき潜水艦
『猟常記』(昭和五八年=一九八三年、静地社)
降る雪を仰げば昇天する如し
青空を吸ひ込み蝉の穴は消ゆ
家ぬちを濡羽の燕暴れけり
階段を突き落とされて虹となる
『メトロポリティック』(昭和六〇年=一九八五年、牧羊社)
夏石番矢の塒(ねぐら)は極彩色のそら
未来より滝を吹き割る風来たる
街への投網のやうな花火が返事です
千年の留守に瀑布を掛けておく
『真空律』(昭和六一年=一九八六年、思潮社)
天(テン)ハ固体(コタイ)ナリ山頂(サンチヤウ)ノ蟻(アリ)ノ全滅(ゼンメツ)
トウメイニンゲンナル臣民(シンミン)ト赫赫(カクカク)タル岬(ミサキ)ヲ走(ハシ)ル
新(シン)大陸(タイリク)ノ中心(チユウシン)ノ砂漠(サバク)ニ深(フカ)ク句点(クテン)ヲ打(ウ)テ
不可逆性(フカギヤクセイ)虚(キヨ)血性(ケツセイ)銀河(ギンガ)ニ帰(カヘ)ラナム
海(ウミ)ハ荒海(アラウミ) 割譲(カツジヤウ)サレタル神(カミ)ノ皮膚(ヒフ)
『神々のフーガ』(平成二年=一九九〇年、弘栄堂書店)
夢に見よ身長十億光年の影姫
月は日を我は汝を追う風の国
うなばらにああ神々の深呼吸
日本海に稲妻の尾が入れられる
ひんがしに霧の巨人がよこたわる
『人体オペラ』(平成二年=一九九〇年、書肆山田)
龍の骨より生まれては笑う我
すなあらし私の頭は無数の斜面
涙腺を真空が行き雲が行く
『楽浪』(平成四年=一九九二年、書肆山田)
いのちひしめく雲のやちまた涼しけれ
みなかみに声の列柱あり薄暮
大瀑布象の夢見て逝(ゆ)きし人
『巨石巨木学』(平成七年=一九九五年、書肆山田)
嵐があやす千年杉を捨てて来た
智慧桜黄金諸根轟轟悦予(ちえざくらおうごんしょこんごうごうえつよ)
彼(ひ)国(こく)微風(みふう)吹動(すいどう)常(とこ)立(たち)杉(すぎ)微塵(みじん)
一心(いっしん)安楽(あんらく)琉球(りゅうきゅう)鳳凰(ほうおう)木(ぼく)散華(さんげ)
『地球巡礼』(平成一〇年=一九九八年、立風書房)
日曜のミラボー橋を羽毛飛ぶ
パリは無数のあなぐら行方不明は神のみならず
道は羊へ大西洋へ石の家
天へほほえみかける岩より大陸始まる
『漂流』(『夏石番矢全句集 越境紀行』所収、平成一三年=二〇〇一年、沖積舎)
父母老いて播磨に蛸の甘さかな
金箔をすかせば見える鬼の国
『右目の白夜』(平成一八年=二〇〇六年、沖積舎)
蛇は道を心を歌を横断す
月を追う国境より山上教会へ
ニューヨーク夕日に遊ぶほこり恐ろし
青草は天使の輝き手術を決める
『連句 虚空を貫き』(平成一九年=二〇〇七年、七月堂)
ヒロシマという語蝶より重からんや
砂の城にて幽霊夢見るひまわり畑
霧は太陽の吐息こわれた魔笛
『空飛ぶ法王 一六一俳句』(平成二〇年=二〇〇八年、東京堂出版)
子供とキリンにだけ見えている空飛ぶ法王
長い長い手紙を抱いて空飛ぶ法王
空飛ぶ法王戦火は跳ねる蚤か
アラビア文字に絡めとられて空飛ぶ法王
空飛ぶ法王善男善女蒸発す
たまには銀河で泳いでいるよ空飛ぶ法王
法王空飛ぶすべての枯れた薔薇のため
ある日本の雑誌に発表した自選50句。フィンランドにも送った。このうちの15句ぐらい、フィンランド語訳される予定。
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夏石番矢自選50句のフィンランド語訳まもなく完成
Excerpt: 日本のある雑誌に掲載され、このブログにも掲載されている、夏石番矢自選50句の、フィンランド語訳の原稿が届き、まもなく完成する。
Weblog: Ban'ya
Tracked: 2009-05-20 23:50
夏石番矢「未来の滝」についての記事一覧
Excerpt: このところ、夏石番矢の自作俳句について、質問が寄せられているので、まずは「未来の滝」についての、このブログ内の記事一覧を下に作成した。
Weblog: Ban'ya
Tracked: 2010-01-18 15:04
正解のない大学入試問題
Excerpt: いわゆる赤本、世界思想社教学社発行の大学入試シリーズ『東京家政大学・短期大学部』収録の国語入試問題に、夏石番矢の「未来より滝を吹き割る風来たる」が登場する。
Weblog: Ban'ya
Tracked: 2012-03-27 23:46
『理解しやすい現代文・表現』に「未来より」俳句掲載
Excerpt: 『理解しやすい現代文・表現』(2013年2月刊行予定、本体価格1380円、文英堂)の、「例文研究9俳句」への、
Weblog: Ban'ya
Tracked: 2012-06-07 18:29
この記事へのコメント
豊里
最近投句サボりがちで失礼してます。
このまま行くと購読会員のままかも・・・。
『新鋭21アンソロジー』への100句も無事投句しました。
俳句観の違いを超えて多くの人たちに共感できるような俳句を一句でも創れたらと願ってやみません。
さてブログでこんな贅沢に夏石俳句を見れるとは・・・。
お金のない人でも堪能できてうれしいです。
これからも御健吟を願っております。
Fujimi
豊里