江上波夫『ユウラシア古代北方文化』を読む

古代モンゴル研究の名著、江上波夫『ユウラシア古代北方文化』(全国書房、昭和23年、昭和26年再版)を、大阪の古本屋から取り寄せて読んでいる。

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さる8月末に、内モンゴル・モンゴルを訪れ、匈奴の高い文化を、現地の博物館に展示された出土品で知ってから、とても気がかりになった。

匈奴と日本には、なにがしかのつながりがあるようだ。

樹木、のちには木の柱、石柱に神降ろしをしていた匈奴。木の柱をご神体にしたり、神をひと柱、ふた柱と数える日本。

径路刀を神として祭る匈奴。石上神宮、熱田神宮など、鉄剣をご神体として祭る日本。

銅鏡を貴人の墳墓に埋めた匈奴。古墳に大量の銅鏡を副葬した古代日本。

明治大学の学生に、匈奴から何を連想するか聞いてみたが、野蛮人のイメージが圧倒的だった。

匈奴は、漢民族よりも、ずっと早くから青銅器や鉄器を使用していたらしい。匈奴以前の遊牧騎馬民族の、たしか紀元前6世紀ごろの鉄器を、フフホトやウランバートルの博物館でたくさん見た。

江上波夫『ユウラシア古代北方文化』では、匈奴は鉄の使用を漢民族から学んだとしているが、そうではないだろう。もっと西から学んだのだろう。

匈奴の強さは、漢民族が青銅の武器を使っていたときに、反った鉄剣を馬上で自由に使いこなしたところにあった。これは内モンゴルの先生がたから聞いた。

歴史はこれから大きく塗り替えられるだろうが、閉鎖的な日本の歴史学会や考古学会が最大のネックとなるだろう。

    青空や秘密は鉄とともに消ゆ  夏石番矢


参照
匈奴の高い文化 鳥の王冠
https://banyaarchives.seesaa.net/article/200709article_4.html

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