7月17日(火)、M大I校舎で前期最後の授業(試験)を終えて、帰宅すると、東大大学院時代の恩師、平川祐弘先生から封書が到着していた。封筒の中に、先生が寄稿された新聞記事のコピーが入れられていた。
「熊本日日新聞」2007年7月12日付け、「書物と私」という連載コラムの、平川祐弘「二種類の知識人」と題する記事。イラストは、平川先生のご令室、平川依子さん。
この記事の要旨は、以下のとおり。
日本には二種類の知識人がいる。第一に、ヨーロッパ文化を崇拝し、自国文化を忘れる「幸福な」知識人。たとえば、戦後の桑原武夫ら仏文学者。江戸時代を暗黒視しがち。
第二に、ヨーロッパ文化の偉大さを感じながらも、負けじ魂から日本文化の優秀さを言い立てる知識人。たとえば、独文学の西尾幹二、小堀桂一郎ら。江戸時代の文化的豊かさを指摘する。
英語、フランス語、イタリア語に堪能な平川先生は、ヨーロッパ崇拝型知識人に不信感を抱いている。
平川先生の記事に、俳句についての言及があるのには、驚いた。江戸の階級社会で、俳句は、身分の上下を超えて、巧拙を競った。江戸時代は暗黒ではない。
さらに、私についての次のような言及があるのには、いたく恐縮した。
今の日本で、各国の詩人と連句の輪を広げ、鮮やかな国際交流をしているのはフランス語も解する俳人夏石番矢だ。
ひょっとしたら、第一でも、第二でもなく、第三の知識人がありえるのかもしれない。西洋崇拝でも、その反動の日本過大評価でもなく、自他の巧拙、得手不得手を認めながら交流し、より高い世界文化を生み出してゆく第三の道。これは、私が信じる「世界俳句」の道でもある。このことを、平川先生は示唆されているようで、たいへんうれしい。
風雨去りゆっくりこっそり小石はふくらむ 夏石番矢
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平川祐弘先生の出版記念会、エッセイなど
Excerpt: 先週の日曜日、1月25日、午後の4時間、
Weblog: Ban'ya
Tracked: 2009-02-01 15:16
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