吟遊俳句賞2003受賞者、安井浩司の新句集『山毛欅林と創造』(1) 天地創造

ひさしぶりで、安井浩司

http://www.worldhaiku.net/poetry/jp/k.yasui.htm

が句集を出版した。『山毛欅林と創造』(沖積舎、2007年7月、ISBN978-4-8060-1640-3、総ページ230ページ、本体価格3800+税)である。

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第一句集『青年経』(砂の会、1963年)、第二句集『赤内楽』(琴座俳句会、1967年)から、十代句集『小学句集』(天秤社、2000年)を除いて数えると、この『山毛欅林と創造』は、第十四句集ということになる。寡作な俳人のようでいて、実は多作な俳人である。

1936年生まれの安井浩司は、2007年で71歳。永田耕衣と高柳重信門下で、孤高の俳人として、東北の秋田市でひっそりと句作に励んでいる。近年は作品発表を句集に限っている。前著の第十三句集『句篇』で、吟遊俳句賞2003を受賞。

吟遊俳句賞2003
http://www.geocities.jp/ginyu_haiku/ginyu-haikuprize/ginyu.haiku.prize03.htm

孤高の俳人、安井浩司は、月刊誌「俳句」などに作品を載せると、自分の名が穢れるので、原稿依頼を断り、さらには「俳句年鑑」にも名前と住所が掲載されるのを拒んでいる。

さて、今回の句集『山毛欅林と創造』には、安井浩司らしく、時空を超えた俳句が並んで、カオスと生気に満ちた宇宙を構成している。安井浩司の俳句世界では、いくつかのテーマが螺旋状の縦糸となり、それらが絡み合って変奏され続けている。道しるべとなりそうなキーワードを頼りに、この新句集の宇宙に迫ってみたい(引用俳句の右のローマ数字は、収録章番号)。

1 天地創造

まず、天地創造というこの大テーマは、古今東西の神話や文学の根本テーマ。これに取り組めない書き手は、二次的存在以下。出来合いの「花鳥風月」や「季語」からしか、自然を詠めない人たちは、詩人でもないし、むろん俳人でもないし、しょせん俳句マニアにすぎない。

    天地まず菊戴(きくいただき)が躍り出て  Ⅰ

これは句集『山毛欅林と創造』の巻頭を飾る俳句。日本で一番小さい鳥、「菊戴」が、原初の天地に登場したと詠む。句集の巻頭に置かれるのにふさわしい一句である。

菊戴
http://www.kidsjapan.net/~albion/kikuitadaki.htm

菊戴のかわいらしい小ささもさることながら、頭のてっぺんの黄色い毛が、気品を感じさせる。きよらかで高貴な天地が、巻頭の俳句で提示されている。

    青山毛欅(ぶな)や創造は約七日もて  Ⅱ

天地創造は、安井浩司の世界では、洋の東西を超越し、旧約聖書をも包含している。東北地方の奥地に古木が並ぶ「山毛欅」が、落ち葉して厳しい冬を越し、また青葉におおわれるとき、天地創造の太古へと、人間の心を向かわせてくれる。

    天や地や絶交もせず赤とんぼ  Ⅰ

こういう句になると、天地創造後の、天と地のあいだの広々とした空間を詠む。

    黒蝦夷松やかつて巨水は上に在り  Ⅱ

大地が生じる前、水はすべて天上にあった。その水を、安井は「巨水」と呼ぶ。「黒蝦夷松」は、その原初の水を思い出させるよすがである。

    雁遊ぶ天を仮面と思わなん  Ⅲ

創造後の天地の、天空の一面に神を、その巨大な「仮面」を見たとする俳句。「雁」が自由に飛び回っているところが、俳諧である。

    天上の水厚くなる種祭り  Ⅲ

地上に生命が満ちあふれたのち、離れてしまった天上世界と地上世界とは、祭礼によって一時的につながりを持つ。「天上の水」と地上の「種」との交信が、この句の「種祭り」だろう。

このように、天地創造直後からはじまり、また天地創造直後の生動と高貴さを残す天地の、広大で奥深く、生き生きしたさまを、安井浩司の俳句は、古拙美を漂わせながらとらえている。

現在の日本では、人は天を仰ぐ余裕も失ない、人間同士のつながりも希薄になり、年間三万人も自殺する。また、人が動植物の生き生きとした命を感じることもまれになっている。けれども、ほんらい日本列島は、人間はもとより、草木や虫魚のみならず、海や滝や山や岩がことばを発するアニミズムと言霊の国であった。安井浩司の俳句は、そのアニミズムと言霊の国を、東北というアングルから、さまざまな姿でとらえている。

以下、いくつかの側面から、安井浩司の新句集の世界を読み解いてみよう。


    天の波にわが血が騒ぐ奥の道  夏石番矢

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安井浩司の新句集『山毛欅林と創造』(2) 西という原郷
Excerpt: 2 西という原郷
Weblog: Ban'ya
Tracked: 2007-07-16 15:53

『文藝年鑑 平成20年度版』に原稿を送る
Excerpt: 『文藝年鑑 平成20年度版』(日本文藝家協会発行)に、メールで「俳句’07」を寄稿する。400字原稿用紙で約10枚。
Weblog: Ban'ya
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