明治大学法学部2年生向けのフランス語の授業で、何度か教科書として、『ゴーガン=ゴッホ往復書簡』(丹治恒次郎編、白水社、1993年初版)を使用している。
手紙自体は、ゴッホが2週間に1度、売春宿へゆく記述など、あまり下品な内容のものは選ばれていない。とてもまじめで真剣な内容ものばかり。
フランス語が母語でないゴッホの手紙には、ときどき文法上の間違いも見られる。
この教科書を使う授業では、手紙だけ丁寧に読んでいても、具体的にどの絵が問題になっているかがわからないと、少しも面白みが湧いてこない。
そこで、ホームページから、ゴッホ、ゴーギャンのみならず、彼らのまわりのスーラ、ラヴァル、シュフネッケル、ベルナールなどの絵をダウンロードし、拡大印刷して、学生に見せている。
ゴッホのサイトでは、下のサイトの作品収録数が、他を引き離していて、とても便利。英語のサイトだ。
The Vincent van Gogh Gallery
http://www.vggallery.com/
私は最初、ゴーギャンの絵のほうが好きだったが、次第にゴッホの絵の力に、親近感を感じ、その革命的な意義がわかるようになった。
あれだけ認められずにいて、最後まで絵を描き続けたことにも、素朴に感銘する。
ところで、教科書の手紙は、1888年に書かれたものが大半。この年の後半から翌年1889年へかけては、西洋絵画史で大きな意味を持つ時期。ゴッホの代表作のいくつかの「向日葵」は、ゴーギャンをアルルに迎える直前の8月、そして別れてからの1889年1月、興奮と波乱のさなか、描かれている。ゴッホはこの時期、誰も気が付かないうちに、20世紀を予告する画家となる。
1888年10月23日から12月24日まで、アルルの「黄色い家」で、ゴッホとゴーギャンは同居する。同居開始2か月後のクリスマスイブに、ゴッホの耳切り事件が起きるのは有名な話。
実際、この二人の画家に何が起きたのかは、謎の部分が残っているが、同居生活をしていたときに描いたお互いの肖像画を見れば、二人の齟齬がかなり明確になってくる。
ゴッホが描いたゴーギャンは後ろ姿。表情がなく、暗い人間。それでも、右の明るい方向を向いている。
これは、ゴッホにはゴーギャンが描けない、ひいては理解できなかった、ということを、油絵で明示しているのではないか。ゴッホはとても正直だ。
ゴーギャンはと言えば、「気が狂った僕だ」とゴッホに言わせた絵を残している。
狂人というよりは、放心状態のゴッホが描かれている。なにもかもがいびつな絵だ。アルルでゴーギャンは、描きたいものが見つからなかったのだろう。
ゴッホの「気が狂った僕だ」というセリフは、教科書に登場するゴーギャンの手紙では、こうなっている。
C'est bien moi, mais moi devenu fou.
これはたしかに僕だ、気が狂った僕だ。
ゴーギャンが、晩年の1903年に書いた、回顧的な手紙に登場する、悲しいこの名文句は、二つの肖像画とともに、二人の画家の決定的な齟齬を、雄弁に物語る。
ゴッホは、1888年、西洋の絵画史上、前人未到の高みと最前線に立っていた。ゴーギャンは、まだ自分独自の世界を求めて模索中だった。
翌年1889年1月、発作の合間に、ゴッホは二匹の蟹を描いている。
私には、この蟹が、ゴッホとゴーギャンであるように思えてならない。向いている方向のまったく違う二匹の蟹。だが、両方とも、やわらかく新鮮な身を、硬い殻でよろって生きなければならない。
1996年12月、初めて私はパリからアルルに到着した。
アルルは夢の化石よ北より来てみれば 『地球巡礼』(1998年、立風書房)
アルルは、1888年の耳切り事件など忘れ去った、たしかに「夢の化石」のように静かな町であった。
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この記事へのコメント
ジャンヌダルク
ひまわり
ゴッホが描いたゴーギャンという絵は、
はじめて見ました。
よかったら、タイトルや、参照先など、
教えていただけませんでしょうか??
Fujimi
ひまわり