「紫」六十五周年・七百五十号記念祝賀会

さる11月9日(木)、川口駅前市民ホールで、俳句雑誌「紫」六十五周年・七百五十号記念祝賀会が開かれた。






川口駅前が、大きく変化し、東口がとくに垢抜けした場所になっていたのに驚く。

現在の「紫」主宰は、山崎十生。旧俳号は、山崎十死生。山崎さんと出会ったのがいつか覚えていないが、三十年ぐらい前だったのではないか。

祝賀会当日、配布された山崎十生句集『十二月八日』(破殻出版、2006年)には、次のようなとぼけた味わいの句がある。

    死してなほ自由にあらず初御空
    死人の眼あつめて国をつくらんか

近年、俳句雑誌の祝賀会にほとんど出席しなかった私だが、今年は、先月の「俳句人」のお祝いの会についで、顔を出すことになった。

主な出席者は、宇多喜代子、村上護、藤田三保子(女優)、酒井佐忠(毎日新聞)、秋尾敏、大井恒行、落合水尾、塩野谷仁、岩淵喜代子、福田葉子(以上敬称略)。
お名前だけ知っていた「紫」の古参同人、若林波留美さんは、美しく品のある老婦人だった。

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隣の席に座った「俳句研究」編集長、石井隆司さんと、まともな会話をはじめて交わした。ほぼ同年齢。悪評が立っているが、好人物だ(かく言う夏石にも、根拠のない悪評が多い)。
「空飛ぶ法王」新作を依頼され、来年の夏を目途に書き溜めることにした。

マブソン青眼の講演に、正直なところ、あまり期待していなかったのだが、8割ぐらいはうなずけた。ほとんど、私が以前に指摘したことに近い。
高校生のときから、日本が好きで、俳句が好きな青眼さんは、日本の俳人たちより、俳句を勉強している。

青眼さんの講演で、納得できた要点を、夏石流に箇条書きしてみる。

1 写生は、俳句の詩学にとってそれほど本質ではないし、西洋の文学や美術でも、メインではない。

2 日本の伝統再評価は、決して過去への回帰ではない。

3 俳句は、もともと和漢混交によって活性化されたのであり、現在は和洋混交によって活性化すべき。

4 現在の日本の俳句の若手のやっていることは、伝統再評価はいいとしても、片手落ちで、狭さがあり、もっと俳句の普遍性や自由さを考慮すべきだ。このままでは、袋小路入りだろう。

日本人は、とかく「外人」をちやほやする。ちやほやされた「外人」は、つけあがり、日本を食い物にする。ちやほやされながらも、青眼さんには、俳句を純粋に愛する心があるのがわかった。

フィールドを世界に広げれば、俳句には、もっともっと豊かな可能性がある。そのことを、青眼さんの講演によって、私は再確認できた。

ただ、青眼さんの日本語の俳句が、講演の内容を補強するほどの段階に達していないのが、残念だ。

    青よりも紫貴し秋の宴   夏石番矢

追記
百五十号ではなく、百五十号記念会の誤りでした。訂正し、ここにおわび申しあげます。

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